東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)112号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
本願発明は、電解質としての固体高速イオン導体と接触している感金属化合物が発色する装置に関するものであつて、その要旨とする構成、特に発色体である感金属化合物が透明な第一電極と白色又は着色固体の高速イオン導体にはさまれている構成により、右固体高速イオン導体が感金属化合物の発色時に部分的な着色状態である感金属化合物の着色表示の背景体となり、鮮やかなコントラストをなし、また、着色表示と背景体が密接しているために観察視線位置の変化によるパララツクスに起因する着色表示像の乱れ又は不鮮明化が極小化されるという作用効果を奏すること、本願発明の要旨とする「着色固体の高速イオン導体」における「着色」の意味は、発色時に発色体の部分的な着色表示に対し、背景体としてコントラストを与え得る程度の「着色」であることは、当事者間に争いがない。
原告は、審決が引用例の第八頁第一一行ないし第一八行(引用例と同一内容であることが当事者間に争いのない引用例公報第三頁右上欄第一一行ないし第一八行)の記載を摘示して、引用例記載の発明におけるイオン導体も着色固体であると認定し、この点をもつて両者を別異の発明とすることができないと判断したのは誤りである旨主張する。
引用例には、審決の理由の要点2摘示の技術内容が記載されていることは当事者間に争いがない。
そこで、引用例記載の発明における「イオン導体」について検討すると、成立に争いのない甲第三号証によれば、イオン導体は、引用例中の実施例に示すように、「イオン電導性沃化銀層」より構成される場合があり(引用例公報第二頁右下欄第七行、第八行)、右イオン導体5は、FIG2(別紙図面(二)参照)に図示されている構成を有する引用例記載の発明の装置において、電極7を介して電極の作用をする層6に正電位が印加された場合には、「銀イオンAg+は電界により沃化銀層内において充分な量形成され三酸化タングステン層3内に移送される。(中略)電気発色層3には陰極2から電子が供給されそれによつて銀イオンと三酸化タングステンの還元により青色のタングステンブロンズが形成される。イオン電導性沃化銀層5の過剰の負の荷電キヤリアは陽極の作用をするWO3層6を経て導き出される。(中略)青色の発色はガラス板1および二酸化錫電極2を経て良く観察できる。」(同公報第二頁右下欄第一九行ないし第三頁左上欄第一四行)との記載から明らかなように、銀イオンAg+を電気発色層である三酸化タングステン層3内に供給して該層を発色させる役割をし、逆に、極性が反転されることによつて三酸化タングステン層3が脱色される際には、「イオン電導性沃化銀層5内において充分に銀イオンが形成され三酸化タングステン層6に移送され、このために沃化銀層内の銀イオンの濃度低下が生じ、従つてイオン電導性層5内において銀イオンが、電気発色層3に隣接する銀の豊富な領域から、電気発色層6に隣接する銀の乏しい領域に拡散する(中略)。すると電気発色層3に隣接する沃化銀層5の境界層で銀イオンの濃度が低過ぎるようになる、従つて層3から銀イオンがこの領域に拡散進入する。この銀イオンは、二酸化錫陽極2におけるタングステン・ブロンズの酸化により形成され電界とイオン導体の境界層における銀イオンの少なくなることに基いて連続的に電気発色層3から除去される、」(同公報第三頁左上欄第一五行ないし右上欄第一一行)という役割を果たしていることが認められる。
右認定事実によれば、引用例記載の発明におけるイオン導体は、いずれも三酸化タングステンWO3層から構成されているものである電気発色層3と電気発色層6の中間に位置して、電極2と電極7を通しての装置への電圧印加によつて両層との間で銀イオンAg+の授受を行うことにより、両層の発色、脱色に寄与しているものである。
そして、前掲甲第三号証によれば、引用例には、沃化銀層から成るイオン導体5について、前記説明に引き続いて、
(イ)「従つてほぼ完全な脱色が行われ単に黄色がかつた沃化銀面が観察される。」(引用例公報第三頁右上欄第一一行ないし第一三行)、(ロ)「電気発色層6は層3の脱色の進行につれてこの場合確かに青色に発色する、但しこの変化は観察者には認められない」(同欄第一三行ないし第一五行)、(ハ)「その理由は脱色透明な三酸化タングステン層3を通しては単に黄色がかつた沃化銀層5しか認められないからである。」(同欄第一五行ないし第一八行)と記載されていることが認められる。右(イ)及び(ハ)の記載事項は、青色に発色している層3の脱色が進行して最終的には無色となると層3の裏面に位置する黄色の沃化銀層5が見え、さらに、層3の脱色と同時に電気発色層6が青色に発色するが、その色変化は沃化銀層5の黄色に阻まれて見ることができないことを説明するものであり、このことは、取りも直さず、引用例記載の発明が黄色の着色固体である沃化銀層5をイオン導体として用いる場合を含むことを意味するものであり、右沃化銀層は、発色時に発色体の部分的な着色表示に対し背景体としてコントラストを与え得る程度の着色状態を示しているというべきである。
この点に関し、原告は、引用例記載の発明における沃化銀層5は、その厚さからみて「薄い半透明状態」であり、「よく注意して見なければ色を認識できない程度に色を帯びている状態」であるから、このような着色状態は、電気発色層の発色時に発色体の部分的な着色表示に対し、背景体としてコントラストを与える程度のものである本願発明における「着色」ではない旨主張する。
前掲甲第三号証によれば、引用例には、イオン電導性沃化銀層5の厚さについて、「約五μ」(引用例公報第二頁右下欄第七行)、「この層の厚さはそれほど薄くなくてもよく五〇μまでになつてもよい」(同欄第九行、第一〇行)と記載されているが、右沃化銀層5が「薄い半透明状態」であるとか、「よく注意して見なければ色を認識できない程度に色を帯びている状態」であるとの説明は存しないことが認められ、また、ほかに右のような厚さの沃化銀層が原告主張のような状態にあることを認めるに足りる証拠は存しない。かえつて、引用例の前記(イ)及び(ハ)の記載は、層3に形成されている青色発色部が極性反転によつて完全に脱色した状態においては、層3の背後に位置している沃化銀層5の黄色状態のみ観察され、それまで青色発色部によつて存在を確認できた層3はその存在が観察できない程の透明体となり、また、層3の脱色と同時に沃化銀層5の裏面に位置している電気発色層6が青色に発色しても、その青色発色状態は黄色の沃化銀層5に阻まれて観察者からは見ることができない程度に沃化銀層5の着色状態が明確であることを説明しており、これをもつて原告主張のような「薄い半透明状態」であるとか、「よく注意して見なければ色を認識できない程度に色を帯びている状態」とは到底理解できない。
したがつて、「引用例記載の発明における「イオン導体」は着色固体を用いるものを含むものであり、この点をもつて、両者を別異の発明とすることができない」とした審決の認定、判断は正当であつて、本願発明は引用例記載の発明と同一のものというべきであるから、審決に原告主張の違法は存しない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当として棄却する。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
第一電極・’その第一電極と接触している感金属化合物・’その感金属化合物と接触している白色又は着色固体の高速イオン導体・’及び高速イオン導体と接触している第二電極・’からなり、高速イオン導体における高速イオンは感金属化合物中に溶解して色を変える金属がイオン化したものであり、かつ第二電極は高速イオン導体の金属イオンと同じイオンを供給し得るものである、ことを特徴とする電気化学的発色装置。